私を形づくるものー2 本質思考と伝達の壁

学生時代の専攻から見えたこと

学生時代の専攻は法学でした。ゼミは税法。発足して2期目での参加。同期は数人。先生も30代前半とお若く、少人数で中身の濃い活動をしていました。真面目なところでは、納税者総背番号制度、グリーンカードの問題点など、今のマイナンバーカードの源流について議論したり、柔らかいところでは「酒税法」の勉強として、日本酒の酒蔵見学で舌鼓をうったり、山梨で一升瓶ワインを手元にワイガヤ合宿したりと楽しい学生時代をおくったものです。

卒論は、なぜか「税の法的性格」という遠大なテーマを選び、数か月間、部屋中に本や論文をまき散らし、ウンウン唸って仕上げました。内容は忘却曲線のかなたにありますが、このテーマにしたのは「本質は何か?」に拘ったからだと思います。締め切りを若干過ぎて、先生の自宅玄関にお酒と一緒にこっそり原稿をお届けしたのも懐かしい想い出です。

伝えることの難しさ

サークルはマンドリンクラブに所属していました。楽器はギターを少々かじっていましたが、マンドリンは全くの初心者。同期は十数名いましたが、3年生になると工学系学生は別キャンパスに移ることもあり、残る文系学生は何か役を引き受けざるを得ません。先輩から「指揮者をしないか?」と打診された時も、クラシックも聴かないド素人でしたが、「はい!」と答えていました。(‥・恐れ知らず)

この指揮者経験も挫折からです。2年生になると定期演奏会の一部の曲を任せられるのですが、日々の練習で、どうしても自分の振りたいテンポや曲の表情をはっきり伝えられない。曲に対する「こうしたい」が曖昧だったし、伝える言葉も、腕も足りなかったのです。

期待に応えられない

尊敬する先輩からは「シュンスケがどうしたいのか、分からない!」と練習中に叱られ、本番の出来も、もう一歩。終演後は本当に落ち込みました。ここでも「期待に応えられなかった辛さ」を味わうことになりました。

「どうしたらもっといい演奏ができるのだろう?いい演奏会になるのだろう?」と自問自答しながらメインの学年である3年生を迎えます。そこでは、大きな喜びとほろ苦さが待っていました。