私を形づくるものー1 好奇心と挫折の原点
はじめに
ここでは、私自身のこれまでの人生やキャリアを振り返りながら、「自分を形づくってきたもの」について綴っていきます。人との出会い、仕事での経験、そしてさまざまな出来事を通じて考えてきたことが、現在の経営支援の仕事の土台になっています。少しでも私という人間を知っていただければ幸いです。
子ども時代の想い出
私の父親は技術系の地方公務員でした。同職の家族が入居できるアパート(官舎)の第一世代で、サラリーマンの父親+専業主婦の母親+私+弟という4人家族。絵に描いたような厚労省のモデル世帯でした。他の世帯も似たり寄ったりで、同世代以下の子どもたちが結構いたと思います。
私はその中でも年上だったせいか、常に子どもたちの声がけ役でした。「今日は〇〇しよう!」「〇〇へ行こう!」とみんなに伝え、(かっこよく言えば)同意を得ていたのでしょう。当時は周りに自然も沢山ありましたから、昆虫や魚取りに夢中になっていた時期もありました。
小学校2年生の時、ひょんなことから「シャーロック・ホームズ全集」を読むことになります。謎解きのプロセスにはまり込み、月一冊のペースで本屋さんから届けられる本が、本当に待ち遠しかったものです。「何?」「なぜ?」はこのあたりから芽生えたかもしれません。
はじめてのインタビュー
学級新聞作りのためのインタビューも同じころでした。通学する小学校は小高い丘の上にあるので、時々石や物をなげる輩がいて、学校に苦情がきていたのです。「どんなことがありました?」「どうしてほしいですか?」と一軒一軒聞いて回りました。今考えると道徳性や正義感というよりも、純粋に好奇心からインタビューをしていたと思います。
「みんなとうまくやる」「好奇心」あたりが、私の幼少期のキーワードのようですが、その後大きな挫折を味わいます。
最初の挫折
小学校6年生の時、たいして運動神経はよくありませんでしたが、なぜかサッカー部のレギュラー・センターフォワードに選ばれ、対抗戦に出場することになりました。自分なりに一生懸命動きましたが、どうしても得点に結びつきません。結局不運なオウンゴールもあり、一回戦で負けました。
「な~んだ、シュンスケ。もうちょっとやってくれると思ったんだけどなぁ・・・」とため息交じりの言葉を担当教師から投げかけられ、意気消沈。数日間落ち込んでいました。「期待に応えられない辛さ」「自分へのふがいなさ」を味わったのです。
「期待に応えたい」これも大事な想いになっていたようでした。

